自分主義世界

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「○○しなくちゃ」思考をやめたら、心に余裕ができた

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どうも、自分に甘々に生きたい人間、あま子です。

私はつい最近まで、「○○しなくちゃ」思考で生きておりました。
「時間は守らなくちゃ」とか、「私の仕事はどれだけしんどくても全うしなくちゃ」…等、とにかく自分に厳しい人間でした。

その思考で生きていると、心の余裕がなくなり、身近な人にイライラしてしまうこともしばしば…。

というわけで、思い切って「○○しなくちゃ」思考をやめてみました。

 

 

「○○しなくちゃ」という思考癖が強かった私

私は意外と真面目人間で、人生において「○○しなくちゃ」という「しなくちゃ思考」が染みついていました。

「時間は守らないといけない」、「自分の仕事はどれだけ苦しくても全うしなくては」…等、じつは結構な完璧主義者だったと思うのです。

例えば、夫と家事を分担すると決めたなら、どれだけ忙しくても、どれだけ体調が悪くても、私の担当分はしなくちゃいけない、等。

家事以外でも同じで、仕事でも趣味でも、常に「私が決めたんでしょ?」「私がやるべきことでしょ?」と頭の中で言いながら生きていました。

 

「○○しなくちゃ思考」による悪影響

そんな思考で生きていると、心に余裕がなくなりましたね…(笑)

そりゃあそうです。

「私は体調が悪くても忙しくても、自分がやるべきことはやっている」
「私はきちんと時間を守っている」
「きちんと有言実行している」

というふうに、「私はちゃんとしているんだぞ!」という意識でいるので、身近にいる人間にも同じように生きることを求めてしまうんです。

その結果、時間を守らない友人に内心イライラしてしまったり、疲れたからとのんびりしている夫に不満を募らせていたわけです。

 

「○○しなくちゃ」をやめてみた

そんなふうに身近な人、ましてや夫や友人、家族等の好きな人に対してイライラすることは私自身も苦しく、また一緒にいる人にとっても不幸でしかないので、ある日ふと「私もマイペースに生きてみようかな」と思ったんです。

「家事なんて、1日くらいやらなくたって大丈夫」
「今日は友達と会う日だけど、集合時間ギリギリの電車で行こう。ちょっとくらい遅れてもOK」
「今日の晩ご飯の準備は、夫にお願いしてみよう」

というふうに、「家事をしなくちゃ」とか「時間を守らなくちゃ」という思考を捨てて行動してみました。

 

「○○しなくちゃ」をやめたら、心に余裕ができた

その結果どうなったかというと、めちゃめちゃ心に余裕ができました。

まず、私的視点から見た「ちゃんとできていない他人」を見てもイライラしなくなり、相手に対して寛大になれましたね。
「そういうこともあるよね」みたいな。

そうなれたのは、「○○しなくちゃ」思考から、「お互い様」思考に変わったからです。

例えば「時間にルーズなのはお互い様」という感じで、ある意味相手に合わせるというか…。
私が他人を見てイライラしていたことを自分もやることで、相手を責められないようにしたんです。

そうしたことで、「べつに時間って守れなくてもいいんだ」とか、「家事って1日くらいやらなくても平気なんだ」と気づけたのです。
私が今まで「絶対に守らなくてはダメ」、「やらなくてはダメ」と思い込んでいたことって、案外やらなくても平気だし、何ならやめた方が心に余裕ができるということを知りました。

 

まとめ

元々完璧主義な人が、いきなり「○○しなくちゃ」をやめて生きてみるのは中々難しいかもしれません。

勿論、無理に完璧主義の思考を変える必要はないんです。
(完璧主義も素晴らしいと思う!)

私の場合は、その完璧主義の思考、「○○しなくちゃ」というスタンスで生きていくことがつらくなったので、やめてみただけです。

案外、ちゃんとやらなくても誰からも怒られないし、生活はいつも通り回ります。

もし過去の私のように、「○○しなくちゃ」思考で自分も周りの人たちも苦しめているのなら、思い切って「○○しなくちゃ」をやめてみてください。

しなくちゃいけないことなんて、たぶんありませんから(^o^)