自分主義世界

自分を見つめ直したりする場

どれだけ正論でも、言い方を間違えればそれは正論になれない

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どうも、自分に甘々に生きたい人間、あま子です。

じつは先日、義父と夫が結婚式のことで喧嘩をしまして。
いや、まあ喧嘩と言っても義父に電話越しに終始怒鳴られて終わっただけで、こちらが言い返して言い合いになったというわけではありません。

が、その光景を見ていて、私自身色々と思うところがあるので、まとめていきたいと思います。

ことの発端

そもそも、ことの発端は私たち夫婦が、結婚式に呼ぶゲストのことでコロコロ話を変えてしまったこと、そして、ゲスト変更の相談をメールで行ったことのようです。

元々は友人を呼んで、30人ほどの式及び披露宴をしたいと考えておりましたが、世間の状況と義両親の意見もあり、親族のみで挙式・食事会を行うということで、話が一旦まとまっていました。

が、諸事情により「やはり友人も呼びたい」となり、招待状を出す前だったのでまだ間に合うかと思い、夫が義父にメールで相談したところ、その日の夜に電話がかかってきて、「話をコロコロ変えるんじゃない!」と怒られたというわけです。

 

義父の熱量に置いてけぼりの私たち夫婦

夫のスマホでスピーカー通話をしていたのですが、とにかく義父の圧が凄い、凄い…。

詳しい内容は伏せますが、とにかく同じ内容のことを何度も大きな声と荒い口調で言われましたね…。

夫が話そうとしても義父が声をかぶせてきて、こちらの話などほとんど聞いてもらえませんでした。
寧ろこちらが話せば、向こうはさらに熱くなり反論してきてヒートアップ…。

最終的にはいきなり電話を切られて終了し、その後に夫が義母に電話をしてくれましたが、解決したのかしていないのかわからない状態です。

 

義家族にとっては、見慣れた光景?

夫曰く、「父親は昔からあんな感じ」「自分の思い通りにさせたい人」とのこと。
また、義父との電話中に義母は側にいたにも拘らず、あんな状態の義父を止めなかったことを考えると、義家族にとって今回の様子はそう珍しいことではないのかもしれない、と思いました。

ですが、私はよその家庭で育てられた外部の人間なので、今回の件はかなりショッキングな出来事でした。

あんなふうに感情的になる大人を私は今まで見たことがないし、自分の父親とは違い過ぎて、理解に苦しむというのが本音です。

 

怒鳴り散らす義父を見て感じたこと

こちらの言い分を聞いてもらえず、感情に任せて言いたいことを言いたいように言う義父を見て、まず初めに感じたのが、「こんな大人がいるのか」ということでした。
それは批判しているわけではなく、純粋に「驚き」や「発見」という感情に近いです。

次に感じたのが、「なぜ、こんな言い方ができるんだろう?」ということです。

義父は何かと、私に対して「もう家族になったんだから」と言ってきます。

家族だからこういう言い方をするのか?
家族なら、こういう言い方をしてもいいのか?
だとしたら、家族という言葉をいいように利用しているだけではないか。

そもそも、こう言ってしまってはドライかもしれませんが、形上家族になっただけで信頼関係などまだまだ築けていない段階です。

そんな段階にいる、ちょっと前まで別の家で暮らしていた他人の前であのような言動をするのは、少々配慮に欠けるのでは、と正直思います…。

 

言い方を間違えれば、それは正論になれない

勿論、義父の言い分の中には納得のいかない部分もありましたが、正論もありました。
全ての言動を否定するわけではありませんが、今回の件を通して学んだことがあります。

それは、「どれだけ正論でも、言い方を間違えればそれは正論になれない」ということ。

義父の態度に愛情を感じられるはずもなく、一方的に荒い口調で怒鳴り散らされたのでは、こちらも理解や反省より先に怒りが湧いてきて当然です。

余程、私たちが義父の怒りを買う行動をしてしまったのか、
こういう言い方をして従わせたいだけなのか、
こういう言い方しかできないのか…
それはわかりませんが、自分の気持ちや考えを冷静に言語化して相手に伝えるということの大切さを改めて実感しました。

正しいことを言っているからこそ、適切な言い方で伝える…。
難しいことですが、人として忘れてはならない意識だと、自分自身痛感しました。

言い方って本当に大事です。